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17.05.10(Wed)

エヴァ・ロンゴリア、ミスコン出場に反対した母のおかげで今の自分があると振り返る

Brash Editorial Team

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 米人気ドラマ「デスパレートな妻たち」で知られるエヴァ・ロンゴリア(Eva Longoria)は、女優になる夢を母に反対されたことで逆に背中を押され、ミスコンテストに出場して夢に近づくきっかけをつかんだと振り返った。

 エヴァは大学時代にミスコンに出場するようになったが、母に女優になりたい夢を初めて打ち明けたときは反対されたという。

 「私は4人姉妹の末っ子で、家族の面汚しだと思われていたの」とエヴァは先駆的な役割を果たす女性を紹介するシリーズ「MAKERS」で語った。「母はよく周囲から『あなたたちの娘はみんなきれいなのに、この子はどうしたの?』と言われていたの。大学生のときに美人コンテストに出る前に、母に『このミスコンに出る』と伝えたら、『わざわざこんなものに出たいの? 勝てるわけないのに』と言われたわ」

 しかしエヴァは1998年に出身地テキサス州コーパスクリスティのミスコンで優勝し、ハリウッド旅行を獲得した。カリフォルニア州に移ったエヴァはメロドラマ「The Young and the Restless」に3年間出演する契約を交わし、やがて「デスパレートな妻たち」でブレイクするきっかけをつかんだ。

 「初めての台本読み合わせのとき、『これが特別で魔法のような瞬間だってことを、他の人たちは感じているのかしら』と考えていたのを覚えているわ」とエヴァはつけ加えた。「このドラマは収拾がつかない状態だったから、マーシア(・クロス、Marcia Cross)とフェリシティ(・ハフマン、Felicity Huffman)なしではムリだったと思う。いつもフェリシティとマーシアを頼っていたし、2人は『私たちはどんなときも一緒』と言って私を守ってくれたの」

 2004年から2012年まで放送された同ドラマが大ヒットしたことでハリウッドでのチャンスが広がり、エヴァはプロデューサーや監督業にも進出。ラテン系の女性の地位向上を目指すエヴァ・ロンゴリア基金も設立した。

 「基金の目標はラテン系の人たちに経済的な流動性を持つ力を与えることなの」とエヴァは説明した。「どうやって前に進めばいいのか、どうやって独立すればいいのか、そして女性にとって教育こそが経済的な流動性に大切だということを教えるために」

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