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15.09.16(Wed)

“死者の街バラナシ”インド最大の聖地で人は何を感じるか?

桑原 淳

桑原 淳

世界を旅して1000人の髪を切ったらこんなことが待っていた―― 旅の途中で得たものや思い、「旅人美容師」の今を発信。

ガンガー


こんにちは!
 
今回初めて記事を書かせていただきます、

旅人美容師のJUN

です。

初回ということでちょびっと自己紹介をさせてください・・・
遡ること1年ちょっと前の2014年4月。
東京で美容師として働いていた僕は、バックパックに荷物とハサミを詰め込み、日本を飛び出しました。
かねてから計画していた”世界一周をしながら1000人の髪を切る“という旅をするためです。
アジア、ヨーロッパ、アフリカ、南米、北米と世界を周り、今現在37ヶ国アメリカにいます。
運良くこれまで特にトラブルにもめぐまれずに目標であった1000人の髪を切り終えることもできました。
旅のひとつの目標は終わったのですが、まだ帰国せずフラッフラしているわけです(笑)

普段は旅人としてというより美容ネタを自分のブログなどに書くことが多いのですが、こちらBrashさんでは主に旅のことを書いて行こうと思っています。

第一回目は何かと衝撃的な国インドにします。
インドの国旗

インドは南アジアにある人口世界第2位の大国。
歴史はめちゃめちゃ古いそうです。
インドと聞いて思い浮かべるイメージと言えばやっぱり“カレー”ですよね。インド人は年中無休でカレーを食べているのではないか? こんな疑問は誰でも持ったことがあるかもしれません。
これはある意味正解で、ある意味不正解。
日本でカレーといえば”カレーライス”であり、ラーメンとか丼みたいにメインのメニューになりますよね。
インドの場合は何でもカレー味なので、そこらへんの路上の屋台で売ってるコロッケみたいなやつも、お菓子もカレー味。
スープも、野菜炒めも、漬物も、肉も、パンも、ソースも・・・
カレー味です(笑)
もちろんすべてではないですが。
日本のなんにでも醤油をかける文化みたいなもんかもしれません。
なかでも“ターリー”というのがレストランで食べられる一般的な定食で、何種類かのカレーがついています。 カレー
値段や味は店それぞれですが、安いと100円くらいで食べることができます。
インド人はみんな手で食べているというイメージがあると思いますが、ターリーのスープなどは熱いし、手だと食べにくいのでみんな普通にスプーンを使っていました(笑)
カレーの他にもインドのイメージというと「危ない、騙される、お腹を壊す、 汚ない、 貧しい…」あげてみるといいイメージがあまりないように思います。
人により感じ方はさまざまだと思いますが、インドに行った日本人旅行者は「汚かった、お腹を壊した、騙された」と言う人が多いようにも思います。
ホントのところはどうなんでしょうか?
個人的には日本では、インドの悪評判が少し誇張されて語られていることも多いように感じることがあります。
僕の場合は、行ってみたら意外といい印象をうけ、楽しいできごとのほうが多かったのですが、ただこんなにも大きな国とたくさんの人々を一言でまとめるほうが難しいと思いますので、やはり僕の意見も偏ったものになってしまうかもしれません。
インドのおっさん
8月〜9月にインド北部を訪れました。
まずネパールから入国し、道の舗装もされてないカオスな街を通り抜け、2日ほどオンボロバスに揺られ、仏教の聖地ブッダガヤへ行きました。
そこから電車に乗り今度はヒンドゥー教最大の聖地である“バラナシ”という街へ。
川沿いの建物
インドの中でも特に長く滞在したのはこの不思議な宗教都市でした。
その中ですごく考えさせられたストーリーを一つ・・・。
ガンガー
聖なるガンジス川(ガンガー)の周りに広がるバラナシにはインド各地からたくさんの巡礼者があつまってきます。
さらにたくさんの遺体もインド各地よりやってきます。
それはなぜか?
ヒンドゥー教の教えにより”人々は生まれ変わる度に苦しみに耐えねばならない”とあるようなのですが、バラナシのガンジス川の近くで死んだ者は、その輪廻から解脱できると考えられているそうです。
ここには二つの火葬場があり、多い日は100体近い遺体が金や銀の布にくるまれ各地から運び込まれるそうです。
そして24時間、常に遺体が焼かれているのです・・・。

僕も含め、ここにくる旅行者ははっきり言って好奇心から見に来ただけの人たちだと思います。
それが良い事が悪い事かと言ったら悪いことなのかもしれないけど、僕は見に行きました。
『火葬』が見たかったからです。   

かつて身内を亡くした時にすごく不思議に思いました。
名前で呼ばれていたヒトが、遺体と呼ばれるようになり、火葬したら骨と呼ばれるのはなぜだろう。  
顔や体や手はどこに行ったんだろう。
・・・と。
川沿いの建物
強い日差しの中、火葬場の階段に腰掛けました。
わずか30メートルほど先では炎が立ち上がり、何かが燃えていました。
その中に真っ黒になった手と頭のようなものがある事にはすぐに気が付きました。
じっと見ていると、時折風向きが変わって、風に乗って灰がまってきたりします。
人間の体は意外とおかしな匂いがするわけでもなく、バーベキューみたいに炭と肉を焼いてる匂いと同じだったのが意外でした。

その間も、続々とオレンジや黄色の布で覆われた遺体が竹でできた担架に乗せられて、人々に担がれてその場所にやってきます。

遺体が燃えている間、焼き場の男は長い竹のようなもので、死体を叩いたり突っついたりします。
叩くと、油が出てジュージューいって火が上がるのがわかりました。
それに叩くと、タイヤを棒で叩いた時のような跳ね返りと、鈍い音が聞こえました。
その男は、時には足や腕をつかみ燃えやすいように位置を変えたりします。
つまり、ボキッと折るのです。
それは燃えやすくするための作業という感じでたんたんとやっていました。
そんな遺体が燃えてる場所の周りには、匂いにつられてから野良牛や野良犬がたくさん集まってきてました。
火のそばによったかと思えばくるっとそのまわりを回ったり、なにか食べ物を探してるようだったのがまた印象的でした。
炎天下の中、炎で火葬場のまわりの温度が余計上がっていたのがわかりました。
黒い煙と灰が空にどんどん舞っては降り、舞っては降り。
汗でベタベタする僕の腕や足に、灰がくっついても不思議と気持ち悪いとかは全然思いませんでした。

しばらく見ていて、薪が燃え尽つきるころになると、これが人だったのかと思うくらいの小さな黒いモノになっていました。
親族は焼き場の男と一緒にその黒いモノや骨をそのままガンジス川に投げ込みます。
そうしてガンジス川に流された遺体や灰は、そのまま海へ行き、空に登り、雨としてまた地上に降ってくる。
そしてまたこの世に生をうけるといいます。
ガンガー
周りで見てるインド人たちは、笑って談笑してる人もたくさんいて、その場にはお葬式のような暗い雰囲気はありませんでした。
焼き場の男たちにしろ、まわりで見物してるインド人にしろ、そこには特別な感情はないように思えました。
日本でも、火葬されてる時って、周りで待ってる人はビール飲んでみたり笑って話してみたりして待ってるところを見ると、似たようなもんなのかな・・・。
火葬場
インドで見た火葬の様子は、とても衝撃的でしたし、考えさせられました。
“遺体を見たこと”ではなく、人の最後の最後を見れたことがです。

形がなくなり灰となって川に流されてしまえば、その先は残された人間たちの想像の世界になってしまうのかもしれないし、天国だとか輪廻転生だとかはよくわかりません。
でも、亡くなった人が人としてこの世に形がある最後のその瞬間までは、周りの人もしっかり見届けてあげたほうがいいんじゃないか、と僕はその時思いました。
いつかは親だって自分だって、ああやって燃えてなくなるんだ。
日が暮れた頃、そんな事を思いながら数時間じっと座っていた火葬場を後にしました。
バラナシの夕日
日本ではおおよそあり得ない事だし、見たくて見れるようなものではないです。
ただ、広い地球には現実にこんな世界もあります。
日本から出て、旅をして、そして違う国の文化に触れてみた時きっと人は何かを感じずにはいられないんだと思います。
そういう意味でインドという国はとても刺激的です。
もしインドを訪れたら、ぜひこの“死者の街バラナシ”も訪れてみてください。
 

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旅人美容師の1000人カット世界一周の旅