15.10.01(Thu)

フィル・ウッズが叫びの中に残した素顔

熊村 剛輔

熊村 剛輔サックス奏者/ライター

Being Jazz―― 時には Jazz の括りを越えながら、歴史的なド定盤から、現在進行形のライヴまで、グルーヴ感あふれるサウンドを幅広く発信。

BillyJoelThestranger

  例えばポップスやロックを聴いている時に、ふと流れてくる間奏のサックスソロ。長さにして 8 小節。長くても 16 小節くらいなのだけれども、その一瞬で曲の雰囲気を全部、文字通り「持って行ってしまう」ような演奏がある。


 大体、そういう演奏は「なぜ、この人が、このアルバムに……?」と驚くような、一線級のジャズ ミュージシャンによるものが多い。例えばドナルド・フェイゲンの『ナイトフライ』の 4 曲目、「愛しのマキシン」(なぜ邦題にはわざわざ “愛しの” が付いているのか、いつも疑問なのだけれども) のマイケル・ブレッカーのテナーサックスのソロだったり、スティングの『ナッシング・ライク・ザ・サン』の「イングリッシュマン・イン・ニューヨーク」のブランフォード・マルサリスのソプラノサックスのソロだったり。


 だが、このテの演奏の中で一番有名なのはビリー・ジョエルの『ストレンジャー』の「素顔のままで」で、フィル・ウッズが吹いているアルトサックスのソロかもしれない。1977年に、この曲が発表されてからおよそ40年。これまで色々なアーティストらによってカバーされてきたけれども、この曲の間奏の、あの部分は、やっぱりフィル・ウッズの、あのフレーズじゃなきゃ、どうにもおさまりが悪いような気がするわけで。


 いわゆるビ・バップ最後の生き証人にして、熱烈なチャーリー・パーカーのフォロワーと言われているフィル・ウッズ。その魅力は硬質だけれども艶っぽい、クリアなサックスの音色。そして、ともすれば形式美の追従になりがちなビ・バップの演奏の中に、時折見せる、やたら人間臭いフレーズ。単に「ビ・バップを吹くアルトサックス奏者」であれば、ジャズ史のワンシーンを一瞬彩る存在でしかなかったのだろうけれども、これだけ活躍できたのは、そういった持ち味があったから。


 その持ち味が発揮されるきっかけとなったアルバムといえば『アライブ・アンド・ウェル・イン・パリ』。これはフィル・ウッズが1968年、新しい活動の場を求めてフランスに移住し、現地のミュージシャンとバンドを組み発表した作品。この作品以降、それまでの「チャーリー・パーカー信者」的な演奏から、より疾走感あふれるパワフルな演奏に生まれ変わったとも言われている、ある意味大きな転機となった作品なのです。


AliveAndWellInParis

 特に 1 曲目の「若かりし日」は、数少ないフィル・ウッズの “素顔” が見えるような演奏。当時親交の深かったロバート・ケネディの暗殺を悼み、かつての二人の思い出を音にした曲。今まで、色々なサックスのサウンドを聴いてきたけれども、ここまで “泣き叫ぶ” ような音は聴いたことが無い、まさに “素顔のままで” 自分の気持ちをストレートに音にした、リアルなジャズだと思うのです。


 そのフィル・ウッズの訃報を目にしたのが、つい数日前。また一人、レジェンドが旅立っていったことを悲しみながら「素顔のままで」の間奏部分だけを何度も聴いてしまうのです。

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