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17.02.13(Mon)

【懐かしのバイクレース】平忠彦選手−WGP250ccへの挑戦!

熱田 護

熱田 護写真家

モータースポーツは、楽しっ!―― モータースポーツを中心に自動車やバイク、写真などについて紹介。

平さんのWGPの参戦は500ccで1984年と85年からで各年2戦ずつ出場しています。
一方全日本選手権500ccクラスでは83~85年、3年連続チャンピオンを獲得。
もう、雰囲気としては平選手のWGPへのフル参戦はレース業界、ファン全員から望まれていて、平さん自身ももちろんその希望を持っていたわけです。
そして、1986年フル参戦初年度の選択は、一つクラスを下げて250ccでの参戦となりました。
その理由は、将来の500cc参戦に向けてGPサーキットの習熟ということだと思います。
当時、僕は、ヴェガ・インターナショタルという会社の社員カメラマンをやっていて、WGPシーズンの半分撮影を担当し、残り半分は全日本選手権を担当するという撮影ローテーションでした。
平さんファンであった僕にとっても、WGP撮影の大きな柱になり、ワクワクしたのを覚えています。



この写真は、オランダGPのアッセンのパドックだと思います。
何しろ、デジカメではなく、ポジフィルムですから、データは僕の頼りない記憶だけになるので間違っている可能性は大です……
この86シーズンの開幕戦は予選2位、しかしスタートでアクシデントにより足を負傷してしまいます。
このころのスタートは押しがけといって、クラッチを切ってマシンを何歩か押し、クラッチを繋いでエンジンをかけ飛び乗ってスタートするのですが、足を負傷した平選手にとって辛いシーズンインとなりました。



この年のマシン、YZR250はホンダのNSR250に比べて始動性がよくありませんでした……
しかも、平選手自身、押しがけが上手ではありません……
同じマシンに乗るラバード選手やウイマー選手は、まあまあ、普通にかかっていましたからね。
ですから、このように平選手はピットアウトしていくとき、よくスタート練習を兼ねてました。

しかし、このフランスGPのピットロードはゴミだらけですね。
まあ、古き良き時代です。



汗がしたたる・・・カッコよかった!



ベルギーGP、スパフランコルシャン。
バスストップシケインのあとだと思います。背景の家は今のピットロードの入り口くらいなのか???


どこのグランプリだか、忘れました……
前をいく18番は、V・フェラーリ選手。



ユーゴスラビアGP、リエカサーキット。
走っているマシンに近づけるし、少しアップダウンもあり撮影するのが楽しいサーキットです。

これもリエカサーキット。
250ccは長身な平選手には少し窮屈に見えますね。



成績が出ないまま、どんどんレースが終わっていきます。



調べると86年は全11戦でした。今のF1の半分ですね……
第10戦のスウェーデンGPが終わって最上位フィニッシュが6位。
スタートがうまくいかず順位を下げてしまうことや、その追い上げの途中での転倒リタイアなど、かみ合わないレースばかり……
平選手本人も、周囲からもこんなはずじゃあないという雰囲気。



そして迎えた最終戦、サンマリノGP、ミサノサーキット。
予選2位と好調で迎えた決勝レース。
スタートでまたもやエンジンがなかなかかからず、ほとんど最下位となってしまった平選手。
僕自身は、最終戦もダメなのか〜って正直思いました……
が、ところがどっこい!
30周のレース、オ−プニングラップを28位で通過し、そこから気迫の追い上げを開始し、10周目には10位、29周目にはトップに立ち見事優勝! 上の写真のように、他のライダーとは全く違う走行ラインで、どんどん順位を上げていくその走りを撮影しながら、どんどん興奮していく自分にびっくりしているような状況でした!

本当に、夢のようなレースでした。

正直、僕は今まで、そこそこたくさんのレースを撮影してきています。
佐藤琢磨選手の3位、小林可夢偉選手の3位、アイルトン・セナ選手のブラジルでの勝利、など、撮影しながらレース展開自体が見えて興奮するレースというのはほとんどないんだけれど、この、平さんのサンマリノGPの優勝ほど感動したレースは今まででありません!
表彰式を撮りに走る日本人のカメラマンの僕に、コース脇にいるお客さんから、タイラ!タイラ!と掛け声が何度もあるんです。
もう、なんだか、その時点で涙ぐんでましたね……



苦労したレースの連続という負の連鎖を断ち切り、シーズンの最後で劇的な追い上げで優勝した平選手。

5年ほど前に、平さんにインタビューした時に、当然このレースについても聞ました。
「最終戦については、それまでのレースに比べ、タイアのマッチングが良く、かつ、気合いと、翌年の500ccでの参戦につなげたいという気持ちがパワーになったんです。
確かに、もう一度やれと言われてもできないようなレースだったと思いますよ。でも、一方でとんでもないことをやり遂げたという印象はないんです」と謙遜するコメントでした。
そして
「残念ながら、レーサーというのは突然速くなったりしません、勝つための準備と条件が揃ったから、勝てた。それがあのサンマリノGPだったということです」
いかにも、平さんらしいコメントです。



表彰式の後、オープンカーでパレードする前にすぐそばに行ってのカット。
この直後、握手をしていただいたのが、何よりの思い出です!

と、この間お会いした時に話したら、全く覚えてません(笑)と……
まあ、そりゃそうだよね(笑)



苦労した末に、歓喜あり。
日本人ぽくて、いいですよね。

あと一回、平選手続きます!

http://www.mamoru-atsuta.com